一番の苦境の時は助けも一番近い。苦難を経て霊的覚醒が起こる。神は物的束縛を破る為に逆にその束縛を強める。

こんにちは。ぽん竜太です。

今回は霊的覚醒が起こる時についてお話したいと思います。

人生のある時期に霊的に目覚める経験をする人がいます。

その目覚めのキッカケとなるのが人生の苦しみです。

「こんな苦しみがこの世にあるのか。」
「いっそのこと死んでしまいたい。」

という苦しみの経験を得て初めて魂は目覚めてきます。

平凡な日常を送るだけでは魂は眠ったままです。

「神さま。もう耐えられません。助けて下さい。」

と魂の奥底から絶叫する程の経験がなくてはならないんです。

我々の意識は通常、物的束縛に制限された状態で立ち上がっているものです。

しかし人はそれを普通と感覚しているので、

そこに物的束縛の制限が機能しているとは思えないわけです。

しかしこの物的束縛(物的束縛によって作り出したカルマ)こそが苦しみの原因だったりします。

そこで神はこの物的束縛のロープを切る為に苦しみを与えます。

この物的束縛のロープさえ切れたら束縛されていることでの苦しみは消えるわけです。

人にロープがぐるぐる巻きにされている状態をイメージしてみてください。

この場合、神はどんなふうに物的束縛のロープを切るかというと。。。

逆にロープを強く引っ張って縛りを強めるのです。

ギリギリと思いっきり強く引っ張ると今度はロープそのものが痛んできます。

そしていつか「ブチッ」とロープが切れるまで縛りは強められます。

中でぐるぐる巻きにされている人間はたまったものではありません。

しかし神はその人が乗り越えられるちょうどの苦難しかおくることはありません。

ロープが切れる直前が苦しみのピークになるはずです。

しかしそれを乗り越えたらロープは切れて楽になるのです。

もうあと一踏ん張りのところで挫けてしまう人もいるのかも知れません。

もうあと少しなのにと口惜しく思います。

こんな諺があります。

「一番の苦境の時は助けも一番近い」
(フィンランドの諺)

苦境の真っ最中にいる時はいつまで続くのだろうと絶望的になりがちですが

もうひと踏ん張りすれば実は助けが一番近い時でもあるんです。

人は苦境を経験することで魂が目覚めていきます。

本当の人生に目覚めていくわけです。

神は苦境と同時に助けも送ります。

神はロープを切る目的で縛りを強めるのであって

人を苦しませるためではありません。

実は苦難こそ魂の肥やしであり人生を豊かにする宝物なのです。

人は苦難を乗り越えた時、

実はそれが神からの贈り物であったことに気づき神に感謝すると思います。

もう神しか愛せない。といいますか。

森羅万象の何もかもが

神!神!神!

になると思います。

霊的に目覚めたら神と共に生きていくことが出来ます。

こんなに幸せなことはありません。

この幸福に比べたら、人生の苦しみなんて

本当は存在すらしていない「幻」にすぎなかったことがよく解ると思います。

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