憑依霊に身体を乗っ取られた事件や殺意を抱いた事件があった頃、
僕は実家の建築業の手伝いで寺のお堂の新築工事をしていました。
工事の完成が近づいてきた頃のある日の朝、不思議なことがありました。
寺の住職が突然僕の家にやってきたのです。
殺意を抱いた事件があった寺です。
実は住職と父は同級生でよく寺の仕事を頂いたりしていました。
ただ普段の生活では住職と父は交流したりすることはないので驚きました。
住職は僕に話があるとのことでやって来たと言います。
僕は呼ばれて住職と向かい合いました。
「実は夢を見たんや。ご本尊さんの夢や。ご本尊さんが夢に出てきて
○○の息子(僕のこと)を修行させに来いと言うとるんや。
あんたがどう生きるかワシが決めたると言うとるんや。
あんたやる気あるか?」
住職がこのように言った時、僕はほんの一瞬かすかに笑ったことを覚えています。
おそらく魂は知っていたのでしょう。
修行の内容は「お百度行願」という行を百日間、仕事の前の朝に来てやってみなさい。
ただし寺までは車を使わずに自転車を使いなさい。というものでした。
僕は深く考えず「はい。やります。」と答えたのでした。
当時の僕は霊的な経験をしていましたが特に信仰心があるわけでもなく、
半ばその場限りの回答として適当に答えました。
ただ住職は嬉しそうに「そうか。やるか。よし。男の約束や。」と言ったのでした。
その日の翌日、僕は言われた通り朝に自転車で寺に向かいました。
着くと住職の後ろ姿が見えました。
住職は山伏装束を着て摂社にロウソクを点けていました。
寺は修験道の寺で山の奥にあって途中から民家はなく山の坂道を登っていかなければなりません。
実家から自転車で寺の駐車場まで約45分かかります。
そこから歩いて行場までたどり着くのに約25分。
行をスタートさせるまでに1時間10分ほどかかります。
お百度行願は、20mほどの距離の石畳の上を裸足で歩いて合計108回往復します。
1往復するたびごとに1礼拝。
108往復するのに約1時間10分かかります。
そして本堂でお参りして帰るのですが、
合計2時間半の朝の時間をこの行のために取られる計算です。
「これは無理や…。」と思いました。
住職に言われたのでとにかくその日は修行をやってみましたが、
朝の仕事前にこれだけの消耗をするのは非現実的に思えました。
仮に車で行くことが出来たらもしかしたら続けることも出来たかもしれませんが、
「自転車」で山道を登っていくという縛りがポイントになりました。
結局その日1日限りで修行に行くことは止めました。
住職が訪問した時の話は聞かなかったことにしようと思いました。
それから長い歳月が経ちました。
その後の僕は憑依が特段深刻化するということもなく、
「そういう不思議な世界というのはあるんだなあ…。。」
という思いはあるものの、それ以上に霊的なことに興味を持つこともなく
やがて普通の日常に戻っていきました。
あいかわらず実家暮らしでしたが、時間が経つにつれ精神的にも安定し、
就職してダム管理の仕事をするようになりました。
この時の体験も過去の思い出になっていきました。
しかしそんな普通の日常を送りながらも
この時の憑依体験や住職の訪問のことは心のどこかで覚えていて
「あれは一体なんだったんだろう?」と
時々思い出すこともありました。
憑依現象を体験してから約9年が過ぎました。
僕は独身で40歳になっていました。
街中で小さな子を連れている家族を見ると
ふと寂しくなることがよくありました。
「何で自分には妻や子供がいないんだろう。」
「早く結婚して子供がほしいなあ」
「結婚する為には自分は男にならなければならない」
「そうだ。男にならなければ…。」と思いました。
「男になりたい」そんな思いが日に日に強くなりました。
9年前の住職との約束が思い出されました。
住職の訪問があった時のあの一言。
「男の約束や。」
9年間放置したあの約束はまだ生きている。。。
僕は「男の約束を果たそう」と思いました。
(つづく)
コメント