人は皆、霊の媒体。善霊もしくは悪霊は人々を流動的に媒体として現れる

憑依が深刻化していた時(当時31歳)に顕著でしたが、こんな感覚に囚われたことがあります。

例えばAさん、Bさん、Cさん、Dさんがいるとして、その中に僕を攻めようとする悪霊(?)がその4人の中を自由に移動しながら入っているように感じられるのです。

悪霊は誰か特定の人物に憑依して僕を攻めているわけではなく、ある時はAさん、またある時はBさん、Cさん、Dさんというように自由に流動的に人々を媒体として移動しているというのが解るのです。

AさんBさんCさんDさんがどんな人物であっても関係ありません。

それぞれの個性・属性とは関係なくあらゆる媒体をその時々において必要に応じて使うことが出来るという印象です。

例えばAさんは職場で会う様々な人々である場合もあります。

またBさんは街中を歩いている時に通りすがりにすれ違った人々の場合もあります。

Cさんはテレビを見ていてたまたま合わせたチャンネルの出演者の場合もあります。

Dさんは僕の家族の場合もあります。

こうした感覚は実は僕を褒めて勇気づけてくれる善霊(?)においても原理的には変わりません。

ある時はAさんを使って、またある時はBさんCさんDさんを使って僕の味方になってくれます。

Aさんがどんなに性格の良い人でも、あるいはBさんがどんなに性格の悪い人でも関係なく、善霊もしくは悪霊はそれぞれを自由に媒体として使うことが出来るという印象です。

 

ただ霊の世界には自他はありませんので、善霊もしくは悪霊と言っても実は自分自身の「霊(意識)」の姿を見ているのかも知れません。

人々は自分を映す鏡のような媒体として現れているように思います。

悪霊が攻めている言っても人々を媒体にして自分の霊が自分の悪いところを攻めているだけであり、また善霊といっても自分の霊が自分の良いところを褒めて伸ばすように勇気付けてくれているように思います。

どんなに善人でも悪霊がその人を使うこともあれば、どんなに悪人でも善霊がその人を使うこともある。

人は皆、霊の媒体なんだと思います。