他人がいない。自他がない。あの命もこの命も同じ1つの神の命。

霊的には「他人がいない」わけでしてありまして。。。

これは言い換えれば「全ては神(大霊)」というのと同じ意味なんですが。

霊的な世界では自他の区別はなく、全部が神と言いますか。

「他人がいない」というのはどういうことかと言いますと。

「私はあなたであり、あなたは私」ということでして。。。

私とは何かというと「神」です。
あなたとは何かというと「神」です。

全ては「神」(の生命)であって、それ以外の何ものもなし。

ということです。

スピリチュアリズムでは「類魂」という「学び」がありますが、その要点は
「他人がいない」ことを強調するものだと思います。

霊的同胞世界とは「他人のいない世界」であり
全ては「神」であることを皆が知っている世界になると思います。

例えば1人と30人と500人と8000人の人がいるとして全て足すと何人になるでしょうか?

地上的な答えは

1+30+500+8000=8531(人)

になると思いますが、

霊的には

1+30+500+8000=1になると思います。

何人の人がいようが合計すると(合計しなくても)
常に「一人」です。

その一人(?)とは誰ですかというと
「神」です。

その一人(?)はあまりに絶対的過ぎて「一人」と表現していいのかどうかもよく解りません。

我々は皆「神」の生命を生きているのであって
その意味で全ての人は全く同じ生命であり「他人がいない」のです。

にもかかわらず「他人がいる」と認めてしまって

俺とアイツとは違うんだ!アイツ(達)は悪い奴で自分(達)とは違う存在なんだ!
アイツは悪い奴だから叩いていいんだ!排除していいんだ!やっつけていいンだ!

などという排他的な世界を生きてしまうと

霊的法則(摂理)の成就が確定する→つまり「自分(他人)を叩く=自分(他人)に叩かれる」

というわけでございます。

 

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