凄いのは常に「神」。深海の生物も神の生命を生きる神の生命の表現。

少し前には深海の生物を紹介するテレビ番組を見ていたんですが。
いや、凄いものですな。

深海の生物は。

深海の生物は海底で人知れず生きてはるわけです。

指先くらいの面積に800キログラムの水圧がかかっているとか言ってましたけども。
完全に光が届かない深海一万メートルの過酷な世界だそうです。

あまりにも水圧が凄すぎて生物はほとんどいないのですが、
そんな世界でもエビやナマコなどの生物が生きているわけです。

あんなに深いところで生きているエビとかナマコとかは
何を考えて生きているのかなあと思いましてですね。

彼らはあんなにもの凄い水圧と暗黒の中で生きていこうと思わはったわけですわな。

「よっしゃ。わしらはここで生きていこやないか。住めば都やないか。」みたいなね。

どういうなりゆきでそうなったんやろ。と。
どえらいなりゆきですわな。

また深海の生物は生物発光といって深海で生きていくために
光を放っているそうです。

「なんと。まさに霊そのものやないか。」
とか言いながらですね。

深海の生物を研究してはる研究者も
深海一万メートルの生物を見つけたときは
「凄い!凄い!」
と興奮しておられました。

確かに凄いと思います。

ただ常に忘れてならない視点があります。
「凄い凄い」と言うけれど。。。

凄いのは常に「神」ではないのかと。
深海の生物を作ったのも神です。
いや、深海そのものを作ったのも神です。

深海の岩も水も砂も。。。
全部神が創造しているんです。

凄さの規模が違うわけです。
深海の生物を光らせたのも神です。

誰にも知られない深海1万メートルでも完全完璧に生命の神秘は機能している。

光の源は常に神です。
命の源は常に神です。

深海一万メートルの世界といえども
皆、神の生命を生きているわけです。

皆、神の管理下にある神の生命を生きる
神の生命の表現なわけです。

我々は皆、神の生命を生きているわけです。

この計り知れなさを何と形容できましょうか。
「ああ、神よ。。。」
というわけです。

人は色んな場面で「凄い」という言葉を使います。
「凄い絶景だ」とか「凄い発明だ」とか「凄い発見だ」とか。
ただ「凄い凄い」いうけれど本当に凄いのは常に神です。

何でも本当に凄いのは神なんです。

本当はぶっ通しで言い続けなければなりません。
「ああ。神よ。」
「ああ。神よ。」と。

本源は全部「神」ですから。

ところで、テレビを見ながらふと
深海一万メートルの海水も「塩からい」のかなあと思いました。

ちょっと舐めてみたいですわな。

海水浴でふとした拍子で海水を飲んでしまって
「から~。から~。」
と言うことはありますけども。

深海一万メートルの海水も本当にからいのか?を実際に確かめてみたいと思いました。

多分からいと思いますけども。何か凄いじゃないですか。
深海一万メートルの「からさ」なわけですから。

実際に舐めてみて
「ああ。神よ。深海一万メートルの海水にも
あなたは宿っておられます。ああ。神よ。
から~。から~。」

みたいな感じで言ってみたいなあと思いました。

 

コメント