地縛霊時代のカルマも馬鹿に出来ないのではないか?神の公正の完璧さを考える。

なぜ霊媒体質者は憑依の苦しみを受けねばならないのか?

これについては前世のカルマが関係していると考えられますが、具体的にどんなカルマがあるのか気にあるところです。カルマの内容は想像するしかありません。
前世の地上時代に積んでしまったカルマもあるのかも知れませんが、単純に考えて自分が前世を終えた時に積んでしまった「地縛霊時代」のカルマかもしれないと思ったりしています。

自分が前世を終えた時、自分の死に気づかず地縛霊となって長らく地上をさ迷っていた時に誰かに憑依してそれ相応の苦しみを与えてしまった。その時に自分が与えた苦しみと同じ苦しみがカルマとなって今世自分が受けることになったのではないか?と。

そのように考えると「それなら仕方がない」と納得することが出来ます。
今世カルマの刈り取りで同等の苦しみがあったことに「摂理」の働き(神の公正さ)を見出すことが出来ます。

また地縛霊になることのリスクの大きさについて学ぶことも出来ます。

地縛霊も様々ですが、無知な地縛霊で自分が憑依しているという自覚が無い場合であっても、結果的に憑依によって人間にそれ相応の苦しみを与えているのであれば、その与えた苦しみ分はきっちりとカルマとなって自分が刈り取らねばならなくなるということが考えられます。

まして悪意を持って人間を痛めつけようとする地縛霊は、当然そのカルマはやがて自分が生まれ変わってきっちりと刈り取らねばならなくなると考えられます。

地上人生中のカルマもさることながら、地上人生を終えた時に積んでしまうカルマも馬鹿にはできないように思います。

「摂理」という「神の公正」は人知を超えてどこまでも完全完璧であると確信します。

今生を終えた時に地縛霊となって知らず知らずの内に憑依による加害行為に到らない為にも、スピリチュアリズムの霊的知識を学び、考え、霊的理解力を鍛えておく必要があると思っています。