憑依事件「神さまになりたかった」こうした事件の共犯者は我々自身。悪感情の恐ろしさ。

こんにちは。ぽん竜太です。

また悲惨な事件が起きてしまいましたね。

憑依が原因と思われる事件です。

愛知県で車を運転していた容疑者が草刈り作業をしていた作業員に

車で故意に突っ込んで人を跳ねるという事件がありました。

「殺したかった。神さまになりたかった」と供述しているそうです。

亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

世間では色んな意見があると思います。

「頭のおかしな奴にひき殺された人は浮かばれない」とか。

「こんな奴は死刑でいいよ」とか。

こうした事件を起こす犯人というのはその当時

心神耗弱状態で自分で自分をコントロール出来ない状態に

なっているのだろうと思います。

憑依が深刻化するとこうした事件が起きるものです。

憑依霊と同体化して「殺意のロボット」みたいになってしまったものと思われます。

義務感・責任感のような殺意であったと思います。

ロボットが動き出したらもう止まるものではありません。

思考はコントロールされ、事件は起こるべくして起きます。

何故こうした事件は繰り返されるのかというと、

我々自身の問題でもあるわけで。。。

あまり加害者に憎しみの念や怒りの念を向けない方がいいです。

犯人が個人の力で制御できるものではないのです。

ある意味犯人は憑依霊の被害者と言ってもいいくらいですが、

かといって憑依霊を悪者にするわけにもいきません。

憑依霊を憎しみや怒りでやっつけようとしても不可能です。

憑依霊というのはむしろそうした悪感情、悪想念が持つ

ネガティブなエネルギーを活力源にしているものだからです。

こうした事件で世の大衆が加害者を憎悪すると、

その憎悪の念がそれを発した方へ返ってきます。

つまりこうした事件が繰り返されるというわけです。

人は自分の想念は自分だけで完結しているものと思っているかも知れませんが

霊的には世界に対し影響を持っているものです。

例えその自覚がなかったとしても

こうした事件の共犯者は我々自身でもあるわけです。

犯人一人を責めることなんて出来ません。

どうか被害者にも加害者にも同じ祈りを届けて下さい。

こうした事件があった時に

「亡くなられた方にご冥福をお祈りします」と口先では言いますが

本当に祈っている人がどれほどいるのでしょうか。

祈りには霊的な力があります。

憑依霊などの地縛霊も癒されてその力を失い、

いつの日か善霊と変化する可能性があります。

僕も神に祈ります。

 

神よ。

光あれ。

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