憑依体験。威嚇するように殺気を飛ばす。プログラミングされたロボットのような殺意。僕のスピ体験9

(仮設の建物の上に登っていた僕は、下で寺の作務をしているAさんに殺意を抱きました)

「しの」を握る手に力を込めながら

その時がくるかどうかを待ちました。

普通「殺意」といっても実際にはリアルに想像出来ないと思います。

しかしその「殺意」は

「これが本当の殺意というのか…。」

と思う程の強烈な「殺意」でした。

「もうどうなってもいいんだ!」
「あいつを殺さねばならない!」
「あいつを殺すために自分は生まれてきたのだ!」
「自分の全人生はあいつを殺すためにあった!」

という 殺すことに対する「義務感・責任感」 のように感じられました。

例え自分が死刑になっても正々堂々と受けよう。むしろそれほどまでにアイツは殺されて当然なんだ。という感覚です。

このような殺意に囚われたら

「止まるものではない。」

という印象が残っています。

 

その時僕は仮設の建物の上に登っていましたが、上から威嚇するように

Aさんに「殺気」を放ちました。

Aさんが妙な気(?)を起こさないように

「殺気」による威嚇で相手の行動を封じようとする意図もあったように思います。

もしAさんが蛙の置物に手をかけるようなことがあればその時は…。

「しの」を握る手に渾身の力を込めて

突き刺すように「殺気」を飛ばしました。

その時の僕はおそらくこの「殺気」をAさんも気付いているだろう、と思いました。

 

 

僕がそんな状態で威嚇する体勢で構えている時に、父が僕に声をかけました。

僕は少し正気に戻りました。

実は「殺気」を放っているときも意識のどこかでは

「これはおかしい。。。憑依霊か…。。。」

という感覚はありました。

何故自分はほとんど見ず知らずの人を

蛙の置物というよく解らない理由で殺そうとしているのか?

この「殺意」はどこからきているのか?

明らかにおかしいことは「意識」のどこかで感じていました。

また父がすぐ目の前にいるのにそこで殺人事件を起こすわけにはいかない

という「意識」もあったように思います。

僕は殺気を飛ばすのを止めて作業に戻りました。

作業をしていると「殺意」のタイミングがズレてしまって

先程までの殺意が失せていきました。

そして「自分には(殺しは)出来ない。」という思いを抱きました。

と同時に涙が止めどなくあふれ出ました。

「自分には出来ないんだ。」と。

その時は木材を3~4人で運ぶ作業をしていましたが

涙がずっとあふれ出続けている状態で作業をしました。

その場にいた人は僕の涙が止まらないのを見ていたはずですが、

不思議とスルーされて作業は普通に行われました。

そして先程までのAさんに対する感情も無くなっていきました。

何故蛙の置物を自分の赤ん坊だと思っていたのか?

何故先程までAさんに殺意を抱いていたのか?

キツネにつままれた様によく解りませんでした。

しかしその「殺意」は実体的で実感のあるもので、

そうした思いを抱いている地縛霊の実在と

その影響力を確信するのに十分な出来事でした。

 

以上が憑依によって殺意を抱いたと思われる経験の
あらましです。

僕は実際には人を傷つけることはありませんでしたが、

世の殺人事件や無差別殺傷事件などの事件は

地縛霊の憑依による影響が大きいように思います。

こうした事件で逮捕された容疑者が

「誰でもよかった。殺せという声が聞こえた」

といった供述をしていることがあると思いますが、

おそらく憑依霊の声を聞いている(同化している)のだろうという印象があります。

憑依が深刻化すると何らかの事件、事故が起こるように思います。

その「殺意」はおそらく凄まじいものです。

もしそうなってしまったらプログラミングされたロボットが動き出したようなもので

止まるものではありません。

僕はこうした経験があるので

憑依が原因と思われる事件があったというニュースを聞くと色々と考えてしまします。

事件には被害者もいるので慎重に語らねばなりませんが、

僕にはどうしても事件の加害者を責める気持ちにはなれないのです。

(つづく)

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