死は存在しないからそもそも理解も出来ない。

「死」というものをどう考えたらいいのかと思うんですけども。

実は「死」は存在しないので、そもそも「考えることが出来ない」んですね。

無いものは無いんです。

無いものはどうやっても考えることは出来ません。無いんですから…。。

なので「死」についてどう思っているのかと聞かれても

「よく解らない」としか言いようがないんです。

「そもそも死という言葉が何を意味しているのかが解らない。」ということです。

「死」はそもそも理解不能です。

「死」があるという前提そのものがおかしいということです。

 

でも僕らは存在しない「死」をあたかもあるかのように感覚しています。

世の中の慣習もそのような感覚が土台になっています。

「死」は虚無、怖い、悲しい、不幸、暗黒、懲罰、みたいなイメージで捉えているわけです。

何故こうなるのかというと「生と死」という二項対立で相対的に「死」を理解しているからだと考えられます。

他人の「死」はそれで語れるかもしれませんが、自分の「死」はそのようには語れないんです。

なぜこうなるのかと言うと、そもそも生命とは「絶対的」なもので言語では元々表現不可能なものであるからだと思っています。