眷属神(自然霊)の絵を描く。「お前は絵を描け」 男の約束を果たし霊言を授かる。僕のスピ体験12

それから月に9~10日程のペースで修行の日々が始まりました。

始めた頃は先が長く感じられましたが、

とにかくコツコツやっていけばいつか終わるだろうと自分を励ましました。

特に厳しかったのが12月~2月の冬の修行でした。

朝4時前に起きて外を見るとその寒さが恐ろしく感じられました。

外に出ること自体が怖いくらいでした。

冬の修行は前日から気合を入れておかないと当日気持ちが萎えてしまいます。

「明日修行に行こうか。どうしようか。」と思って寝てしまったら

翌日時間通りに起きたとしても外の寒さにビビってしまって

「今日はやめておこう…。」とサボってしまうのです。

何回かそんな経験をしたので、修行の前夜から気合を入れて

寒さと冷たさに向かっていく気持ち、ビビらない準備をしました。

冬は日の出が遅く山道は真っ暗です。

その中を不動明王の真言を唱えながら自転車で登っていきます。

行場に着くころには汗ばんでいるのですが、

身体から出てくる蒸気が山の澄んだ空気の中に登っていく

様子が美しくて思わず見とれる程でした。

そこから行場で半袖、素足になり

凍ったように冷たい石畳の上を1時間10分程歩き続けます。

あまりの冷たさに靴下を履いて歩こうかと思った時もありましたが、

せっかく今まで行を積み上げてきたのに神仏の前で

中途半端なことは出来ないと思い直し、素足で歩きました。

行を開始した時が一番辛くて、寒さと冷たさで足元がふらつき

最早何も考えられません。

息をするのも辛くなり、涙が自然と溢れてきます。

悲しみで泣いているのではなく、寒さで身体がびっくりしすぎて

身体そのものが泣くのです。

幼い子供の頃にころんだだけで号泣したのと同じような感覚です。

「神さま助けてください!」

僕は心の中で何度も叫びました。

心から神に助けを求めました。

大人の不純な衣を脱ぎ去り、純粋な子供に戻ったかのようでした。

行が中盤に差し掛かると身体が少し温もり

むしろ寒さや冷たさを踏みつけて行くくらいに気合が漲ってきます。

行が終わると憑き物が落ちたようにスッキリ爽快な気分になります。

そんな日は「今日はいい修行が出来た」「修行もなかなか良いものだ」と

嬉しくなってくるのでした。

修行を開始してから約11か月後の2016年4月9日、

ついに最後の108回目の修行を迎えました。

住職の訪問から実に10年の歳月が過ぎていました。

修行のために使用した、自転車、衣服、行場に向かうまでの途中にある

お地蔵さんや摂社、木々や小川などが僕の修行の生き証人のように思われました。

修行が終わった日は桜が満開に咲いていて

この日の満行を祝福してくれているかのようでした。

最後の修行を終えて本尊に祈りました。

「おかげ様で今日無事修行を終えることが出来ました。

やっと男の約束を果たすことができました。

神さま、

僕を男にしていただきましてありがとうございました。」

祈りを終えて帰ろうとすると

心の中へ向けてポトンと意味内容が落ちてきたように感じられました。

何かに語り掛けられたような気がしました。

「お前は絵を描け」

と言われたような気がしました。

本尊からの通信だったのかも知れません。

「ご本尊には頭が上がらない」

と思った僕は絵を描きました。

修行を重ねてきた11か月の間に霊的な感性や世界観は大きく広がっていました。

その時の僕は寺に(霊的に)実在する眷属神(自然霊)の存在を確信していました。

おそらくそれを見せてくれたのはご本尊だったのだろうと思っています。

僕は後にその絵を描き寺に奉納しました。

ブログのタイトル画像の絵は僕が認めた眷属神(自然霊)を描いた絵の一部です。

眷属神(自然霊)はこの他にも多々認めており、今後も絵を描いていこうと思っています。

(つづく)

 

コメント