眼はいつも顔についているのに、その顔を見ることが出来ない。 (中国の諺)

眼はいつも顔についているのに、その顔を見ることが出来ない。 (中国の諺)

 

自分を知ることの難しさ。

それは即ち神を知ることの難しさでもある。

神はどこか遠い外部にあるのではなく、眼が眼を見れないようにむしろ近すぎるところにある。

神はあまりに近すぎて現れていることで隠れてしまう。

隠されているものなど何もない。

隠されてはいないけれど隠れてしまうのだ。

神はいつもオープンシークレットというもの。