神さま。僕は男になりたいのです。神仏との約束は違えることが出来ない。僕は修行を始めた。僕のスピ体験11

「今こそあの約束を果たすべき時。

必ず男になるんだ。」

それが修行の第一の動機でした。

ただその決断をするまでには霊的な紆余曲折がありました。

霊的な経験はありましたし、霊がそこに存在しているというのは知っていましたが、

では霊とはそこで何をしているのかが解らなかったのです。

何のために霊は存在しているのか?

というより人は死んで霊になるといっても、

何故そうなってしまうのか?

人は何故死なないのか?

人が死なないのは間違いがない。

でも人が死なないのなら、人は一体何をするために生きているのか???

こうした問いに思いを寄せるようになりました。

ネットや書籍でスピリチュアルな事を熱心に学ぶようなりました。

学び始めると面白くなってくるもので、

知れば知るほどもっと知りたいもっと知りたいという探求心が自然と湧いてきました。

その頃はスピリチュアリズム系の本を読み漁っていました。

同時に神社やお寺へ参拝することも多くなりました。

神社で祈っている時に感電したかのように動けなくなって

ある種のトランス状態になる神秘体験をすることもありました。

夜眠っている時に空中まで突き上げられるような霊的な衝撃を感じたり、

またある時は眠っている時に幽霊に性交の相手にされる(レイプされる?)こともありました。

少し話が脱線しますが、幽霊にレイプされるという事例はよくあるそうです。

僕の経験では相手の幽霊(同性愛の幽霊)が耳を舐めている時の息使いや、陰部への感触を感じました。

こうした霊的な現象がよく起こる日常を送っていく中で、

「このままではいけない」という思いと

「もっと知りたい」という思い。

そして「男になりたい」という思いが相まって

僕は9年前の住職との約束を果たそうと決意したのでした。

修行を開始するにあたり、近くのホームセンターで自転車を購入しました。

自転車には名前を付けました。

名付けて「神さま号」。

「神さま号よ、どうか俺が男になる生き証人になってくれ。」

という心境でした。

家族には「また分けの分からないことを始めようとしている…。」と怪しまれましたが

人にどう思われようと必ずやり遂げるという決意は硬く揺るがないものがありました。

「もしかすると低級霊に憑依されて頭がおかしくなってこのような

人がやらないようなこと(修行)をしようとしていのかも知れない…。。。」

ふとそう思うこともありましたが、

「仮にそうであっても構わない。

時間と体力を消耗するかも知れないけど、

それくらいどうということはない。

とにかくやってみようじゃないか。

やったらやったでそれで気が済むのならそれで良い。

このまま約束を果たさず漠然と老いて死ぬわけにはいかない。

体力的にもこれ以上歳をとると難しくなってしまうだろう。

例え無駄骨に終わろうとも構わない。

必ずやり遂げよう。」

既に修行を始める5年ほど前に住職は東京の別院に転勤していました。

住職の転勤で家業の建築業も寺の仕事が少なくなり、

寺には僕を知る人は誰もいませんでした。

この修行をやり遂げても誰一人認めてくれる人はいません。

今やこの約束は住職との約束というよりも

純粋に神仏との約束となっていました。

自分一人の中で始めて、自分一人の中で終わる修行でした。

「神仏との約束は違えることが出来ない」

今こうして修行を始めるのは、この世に生まれてくる前に

すでに神仏と決めてきた必然のように思われました。

修行の初日は2015年5月3日でした。

朝4時に起きてシャワーを浴び身を清め、4:30頃家を自転車で出発しました。

寺の行場まで行く途中にあるお地蔵さんに軽く挨拶しました。

「必ずやり遂げるから見ておいて下さい。」

ふとこの先の108回目の日も同じように挨拶するのかな、と思いました。

集落を通り過ぎ山道に入ると街灯もありません。

薄暗い中、山の小川沿いの道を登っていきました。

途中の駐車場で自転車を降り、摂社に挨拶しながら

歩いて本堂へ向かいました。

本堂が見えて来た時、感慨深いものがありました。

9年前の住職の後ろ姿が思い出されました。

お百度行願の行を始める前、ご本尊に挨拶しました。

「お待たせしてして申し訳ありませんでした。

今から約束を果たさせていただきます。

神さま。

僕は男になりたいのです。

どうぞ僕の修行を見届けてください。」

今まで中途半端に生きていた僕の真心からの祈りでした。

(つづく)

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