神さま僕は男になりたいのです(まんが日本昔話のような僕のスピリチュアル人生 前編 憑依体験編)」

僕のスピリチュアルな体験を書いたブログ記事をまとめて編集しました。

前編(僕のスピ体験1~11)と後編(僕のスピ体験12~13以降)に分けています。(後編は制作中)

スピリチュアルに興味のない人にも興味深い内容となっていますので

少々長いですが是非ご一読していただければと思います。


 

 

まえがき

僕は「ぽん竜太」という知る人ぞ知る漫画家で一時期は週刊連載を持していたこともあります。
しかしある時より漫画を描けなくなりました。漫画を描こうという気力が湧かず、現在に到るまで長年描けずにいました。
ある時と言うのは統合失調症を発症した時のことです。
統合失調症というのは妄想や幻覚に悩まされる精神疾患の一つです。
こうした精神疾患の原因は様々な説がありますが、僕は「地縛霊の憑依」によるものであると確信しています。

本書は僕が経験した「憑依現象」と、それが契機となってそれまで異性と縁の無かった僕が42歳でついに結婚に到る自身の実体験を描いたノンフィクションです。

この時の出来事は長年誰にも話すことなく自分の奥深くにしまっていましたが、いつの日か世に出す時が来るかもしれないと漠然と思っていました。
その「いつの日か」がこうしてやってきたことを感慨深く思います。
上巻では憑依体験について詳しく描いています。憑依されている人間の内面(感情・思考)など精神疾患と憑依現象の関係を考える上で何らかの参考にして頂けたら幸いです。

憑依に苦しんだ時期もありましたが、今では克服しています。
今ではむしろ憑依に感謝しています。憑依があったからこそ僕は憑依や霊現象に関心を持ち、霊的なことを学んでいく中で霊的な世界観が広がり人生が豊かになりました。一般的には霊的なことは「非現実的」と思われているかも知れませんが、本当は霊的なことこそ「現実的」なのです。こうした価値観の逆転は憑依があったからこそだと思っています。

本書の後半で少し書いていますが、この時の憑依の体験はその後に続く「まんが日本昔話」のような僕のスピリチュアル人生の一大契機になっていきます。
憑依のおかげて僕は結婚することが出来たと言っても過言ではありません。。
あの時「出て来てくれた」憑依霊には心の底から「本当にありがとう」と言いたいと思っています。

ぽん竜太

 

 

第1章 憑依霊によって身体が乗っ取られる。(概要)

 

その不思議な不思議な感覚。

 

僕が霊的な事に関心を持つきっかけとなった出来事について語りたいと思います。霊的経験としては一番最初に経験したもので、僕の人生でもっともインパクトの大きい霊的出来事でした。

それは「憑依」という霊現象です。

憑依とは地縛霊(成仏していない幽霊)が乗り移って人の行動を支配することです。

別の言い方をすると人間の霊魂と地縛霊の霊魂が一体化する現象です。霊魂という言葉を「意識」と言い換えますと…。
憑依とは自分の「意識」と幽霊の「意識」が混ざってしまうような状態になることです。
憑依現象を体験したのは2006年(当時31歳)ですから今から10年以上前のことです。

経緯や背景は後程改めて語りますが、最初に憑依が起った時の印象を大まかに語りたいと思います。
一番衝撃的だったのは憑依霊が僕の身体をコントロールして動かした時です。

本当に驚きました。

自分ではない誰か知らない人(憑依霊)が自分の体を動かしているのです…。
それはあまりに衝撃的な出来事でした。

というのもその時まで僕は
「霊なんていない。霊現象なんてあるわけない。」
と考えいるタイプの人間だったのです。
「人間死んだら終わりだ」と考えていました。

世の幽霊話とかも嫌いでした。
「幽霊?寝ぼけたは言わないでくれ!そんなものはいるわけがない!」
くらいに思っていました。

幽霊やスピリチュアルな話はちょっと小馬鹿にしていたところがありました。
霊的なことに特に関心もありませんでした。

そんな僕が初めて霊的な現象を実際に体験したのがこの憑依現象だったのです。
自分の肉体という「着ぐるみ」の中に入っているのが自分ではなく
「他人だった」
みたいな感覚です。

その他人が僕の肉体という「着ぐるみ」を勝手に動かしている。
自分の肉体は自分のもののはずなのに誰かの意志が先行してその意志に抗することが出来ない…、みたいな感覚。

その不思議な不思議な感覚は忘れることができません。

自分の肉体が自分のものなのか他人のものなのか解らない。何とも言えない奇妙で不思議な感覚です。
気持ちが悪いような何なのか…。それもよく解らない。
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいの状態。

何とも言えない奇妙で不思議な「ぬるぬる」とした感覚…。。。

何故か「ぬるぬる」とした感じがあったことを覚えています。
その「ぬるぬる」とした感覚がまた奇妙で不思議なんですが…。

動いている肉体は自分の肉体ですが、その肉体を動かしている主体が
自分ではなく他人(憑依霊)だったのです。

その時の僕は自分の肉体から外に放り出されたようでもあり、あるいは肉体の中にいるようでもあり…???といった不思議な感じで、
憑依が強まった時に崩れ落ちるようにその場にはいつくばりました。

下半身に力が入らず、立ち上がることは出来ませんでした。

悲しくて悲しくて涙がとめどなくあふれ、激しく慟哭しました。

凄まじい悲しみの感情です。とにかく「感情」が凄まじいのです。

感情!感情!感情!

天地を貫くようなものすごい感情です。
全身が焼かれるような感情。
のたうち回るような感情。

もう、いてもたってもいられない。
とにかく「感情が苦しい」のです。

その時です。匍匐前進するようにひとりでに手が動き出したのです。そして何かを掘ろうとしているような手の動きを始めました。

ヒステリックに力の限り指を立ててガリガリと床をかきむしるのでした。
その動きは僕の意志とは別の存在の意志によるものでした。

憑依霊の意志がほんの一瞬先行してから、僕の肉体が追従しているように感じられました。

「これは幽霊だ!」
直感的に解りました。

僕の身体をコントロールしている何か(?)が自分の中にいる
ということがはっきりと解りました。
僕はそれまで幽霊の存在を否定する人間でしたが、直感的に解りました。

「これは女の人だ!」
とも思いました。

その幽霊が女性であるということも直感的に解りました。
その霊を霊的に見ていたわけではありませんが、目の前に女性がいる時と同じ様な感じ方でありありとその存在を実感しました。

その時の気分は物凄い気分でした。暗黒の中で絶望的に泣き叫ぶような苦しくてたまらない最悪の気分です。

凄まじい「悲しみ」と「怒り」。怒りでブルブル震えました。

興奮した息づかい。感情が高ぶって手や顔に力が入って仕方がありません。
怒れば怒るほど怒りは増幅していきます。そしてまたその「怒り」の感情がどうしようもなく苦しいのです。

「怒り」と「悲しみ」の感情に加えて、一転して嘲笑するような「笑い」もありました。

「ウヒャヒャヒャッ」というような下品な笑い。笑い転げるような激しい笑いです。

笑っている時というのは本当に可笑しいのです。もう可笑しくて可笑しくてたまらないという感じで、腹が痛くなって息が出来なくなるくらい爆笑するのでした。

さっきまで泣いていたのに急に怒り出す。しばらく怒っていたかと思えば今度は急に笑い出す。そうかと思えば一転して泣き叫ぶ。

泣いて、怒って、笑う、という状態が繰り返されました。
その時の僕の状態を外部から客観的に見たら、完全に気が変になっている人のように見えたことでしょう。

この時、感情的になって取り乱しているのは僕自身なのですが、意識のどこかでは自分の今の状態を冷静に眺めているもう一人の自分がいました。
その意識が今こうして当時のことを振り返って語っている意識だと思います。

奇妙なのは「悲しむ」にしても「怒る」にしても「笑う」にしても普通は必ず理由があるはずです。
しかしその時の僕は凄まじい悲しみに泣き叫び慟哭しながらも、その悲しみの理由が解りませんでした。(後にそのヒントとなる出来事がある)

怒るにしても何故怒っているのかが解らない。笑うにしても何故笑っているのかが解らない…。
しかし「悲しみの感情」「怒りの感情」「笑いの感情」は凄まじいくらいにリアルなものでした。

それはまさに生きている人間そのものでした。

幽霊の存在があまりに近すぎて恐怖は感じませんでした。幽霊とは肉体がないだけで実際に生きている生身の人間なのです。

僕は憑依霊の感情とコントロールに身をゆだねながらも、それまで自分を悩ませていた精神的な苦しみの原因が霊現象によるものだったのだと確信しました。

「そうだったのか!」
「霊現象というのは本当にあるんだ!」と。
「間違いない!」と。

理屈ではなく実体験として実感したのです。
「これは幻覚とか錯覚ではない!」と。
「霊というのはあるんだ!」と。
「霊とはまさに生きた人間なんだ!」と。
その時初めて納得しました。

人間というのは実際に経験して初めて、心の底から確信して納得出来るのだと思います。

以上が憑依霊に身体を乗っ取られる事件が起こった時の大まかな印象です。

話が前後しますが、実はこの事件が起こるまで、約一年半ほど精神的に落ち込み気分が不安定な鬱状態が続いていました。

 

第2章 乗っ取り事件が起こるまでの経緯。

 

奇行の数々。見えない「何か」が存在している。

僕は「ぽん竜太」という漫画家で、その当時週刊連載が打ち切りになって精神的に落ち込んでいた時期でした。
漫画を描こうという気力が湧かず、ブラブラしながら悶々とした日々をすごしていました。

当時、僕は統合失調症に苦しんでいました。
統合失調症というのは妄想や幻覚に悩まされる精神疾患の一種です。気分は重く沈んだまま心が締め付けられるように苦しく、奇妙な妄想が常時起こっている状態でした。

僕の身の回りで「何か」が存在していているように感じられて仕方がありません。

森羅万象全てに影響を持つ「何か巨大な意識」、あるいは得体の知れない「何か巨大な権力」のようなものが存在しているのです。

その「何か」が僕に秘密で世界中を巻き込んだ大規模な計画を企て、何者かがそのシナリオ通りに演出し、こっそりと僕を監視して「何か」を仕掛けようとしている‥。。
という妄想に苦しんでいました。

自分の中では目に見えない何者かが自分に対して「何かをしている」
という気が明らかにするのですが、現実的に考えるとあり得ないことばかりです。

「そんなことあり得ない…。」と時々我に返ることもあるのですが
気になって気になって仕方がないので「気のせいだから気にしない」ということは出来ない状態でした。

テレビやラジオをつけて適当にチャンネルを合わせると、ピタリのタイミングで番組の中で話している出演者が僕に語りかけているような気がしたりしました。
こちらがどのように行動するかまで筒抜けになっていて、こちらの行動を読み切ってピタリのタイミングで暗示的に何かを語ろうとしているように思われました。

そうした現象は新聞や雑誌でも起こりました。
適当に開いたページの文章がポンと僕の心の中に飛び込んできて
心に引っかかって仕方がないのです。自分に向けて「何か」が語られているのです。

「こっちに来い」
と言われているように感じます。

僕を試しているような、呼んでいるような‥。。。
偶然のようで偶然でない、という感じで何者かが何かを仕組んで演出しているとしか思えませんでした。
(※これは「シンクロシニティ(意味のある偶然の一致)」と呼ばれるスピリチュアルな現象であることは後に解りました。また精神医学では同じこうした症状を「関係妄想」と呼ぶようです。)

そして何者かが僕の一挙手一投足を監視していてシナリオを作り何かを語ろうとしている…。
という印象が残るのでした。

こうした「解らない」苦しみを何とか解決しようと僕は奇行に及ぶようになりました。
テレビ局やラジオ局・出版社等のメディアのそれぞれの番組に手紙を出しました。

「あなた方は僕のことを知っていて逐一僕を監視して何かをしていますね。何をしているのか教えてください。僕が悪いことは謝ります。それは謝ります。でも日本中でグルになってこんなことをするなんて、あまりにひどいではありませんか。なぜそのようなことをしているのでしょうか?謝りますからどうか教えてください。ぼくは逃げも隠れもしません。僕はここにいます。」

そんな内容の長い手紙を50通くらいは出したと思います。
毎日ヘトヘトになってそんな手紙を書いていました。

「謝ります」というのは僕がマンガを連載中にマンガのネタを着想するのにテレビやラジオ、新聞や雑誌等で見聞きしたことを参考にしていたことが放送局等のメディアの人達の怒りを買って皆がグルになってそんなことをしているという思いこみに囚われていたからです。

僕は手紙を出した当初は必ず返事が来ると自信満々でした。

「これで解らない苦しみから解放される!」と思って気分がハイになることもありました。
何故か「ようし。これで6億円はもらえるだろう。」と思っていました。「6億は固いな。あとはビタ一文まからんわい!」と思っていました。

「なんで6億円???」とツッコミを入れたくなりますが、当時は真剣にそう思っていました。6億あれば遊んで暮らせると思っていました。一度も稼いだことはないのに「人生はなあ!金なんじゃあ!」と思っていました。「金で全ては解決されるだろう。それしかない!」と。

しかし待てど暮らせど返事は一向に来ないのでした。

僕は落胆すると同時に、「メディアの連中は本当は本当のことを知っているくせに、わざと教えようとしていないのだ。」と思いこんで恥をかいてしまったことに憤慨してますます苦しくなりました。

放送局等のメディアの人も突然わけのわからない手紙を受け取って困惑しただろうと今では申し訳なく思っています。

この他にも「解らない」苦しみを何とかしようとして色んな奇行に及びました。

 

支離滅裂な行動。見えない何かに評価してもらうため文明の利器は使わないと決心する。

 

見えない「その存在」はどうすれば出てきてくれるのか?

頭がパンパンになるまで考えました。何かを実行すれば「答え」を誰かが教えてくれるような気がして色々と行動するのですが、当然誰も何も教えてくれるということはなく、悶々とした思いで右往左往する日々を送っていました。

その当時、僕は大阪で一人暮らしを始めました。

そこでしばらく新聞配達のアルバイトをしていましたが、2~3か月ですぐに辞めました。
しかしまた気が変わってすぐに辞めた新聞屋さん「もう一度働かせてください。こちらで一生働かせて頂きます!」と直談判で話をしにいった次の日の出勤日に無断欠勤をしたりしました。
そのことを謝りに行こうと再度その新聞屋さんに行くと、僕の顔を見るなり店主の顔が怒りでプルプルと小刻みに震え出したことを覚えています。
人間の顔というのは怒りでバイブレーションのように振動するものなんだとその時生まれて初めて知ったのでした。

またある時は「ようし!これから一生、車や電車など文明の利器を使わないで生活しよう!やってみせる!」と思いたち大阪から奈良県の実家まで約70キロの道のりを歩いて帰ろうと決意しました。

自分は監視されていると思い込んでいたので見えない何者かに自分の決心を証明するため、自分の運転免許証を辞めた新聞屋さんの前の道路にこれ見よがしに落としてアピールしたりしました。

そのまま運転免許証を捨てて文明の利器とは「おさらば」しようと決意していましたが、立ち去る時に父親の顔が浮かんできて申し訳なく思い、やっぱり拾いました。

その時の所持金の全てを部屋中にばら撒いてドアの鍵をかけずに出発しました。

なぜドアの鍵をかけなかったかと言うと「鍵をかけないことが鍵をかけることなのだ!」とアベコベに確信していたからです。

そして「これからは金は使わない!金は文明の利器だから使わないのだ!」と心に決めて出発したので無一文でした。

文明の利器を使わずに生活したら、「何か」をしている何者かに高く評価してもらえて「答え」を教えてくれるかもしれない、という思い込みに囚われていたのです。

しかし70キロの道のりはなかなか遠く朝に出発しましたが、夜になってもたどり着かず、実家まであと10キロくらいで力尽きて、あるガソリンスタンドで電話を借りて姉に車で迎えに来てもらったりしました。

ガソリンスタンドの店員のおじさんに大阪から歩いてきたと事情を話すと哀れんでくれて、
「わしもいつどこでどないなるか解らんから…。」
とクリームパンと缶コーヒーを恵んでもらったことを覚えています。

僕は朝から何も食べておらず恥も外聞もなくクリームパンをむさぼるように食べたのでした。

しかもその次の日には家族に何も言わずに大阪に電車で戻ったりしました。
鍵をかけずにお金をまき散らして出てきた部屋が今度は急に心配になったからです。

またある時は「自分が今まで出会ってきた知人友人の全ての人に一人一人お会いして一人ずつ謝っていこう、謝って謝って謝り続けよう。これからの人生は謝罪の旅に費やそう。」と考えたりもしました。

これも全ての人に謝り尽くしたら「答え」を教えてくれるかも知れないと思っていたのでした。
「自分は罪人なので自分で自分を罰しなければならないのだ」と考えていました。

今でも冷や汗をかくようなことですが、この頃に自分のペニスを切り落とそうかと考えたこともあります。

今はどこにいるのか解らない友人を日本のどこかから見つけ出して、
自分の切り落としたペニスを差し出して何も言わず無言で立ち去れば
今の自分の状況を「誰か」が教えてくれるだろうと考えていたのでした。

大の男がこれだけのことをすれば、さすがに何かが起こるはずだと思っていました。

当時は自分のペニスを見る度に
「ああ。もうすぐお別れか。ありがとう俺のチ〇コよ。すなない。すまない。」
と思って涙があふれ、寂しくて寂しくてたまらなくなるのでした。
(未遂に終わりましたが)

このように「解らない」ことを解ろうとして色んなことを試みるのですが、全て空回りに終わるのでした。

その当時ある人に
「悪いことをすれば必ず自分に返ってくるんだよ」
と言われて妙に印象に残っていましたが、ある日何か解らない恐怖心に苛まれてある奇妙な妄想に囚われました。

その妄想というのは(汚い話になり申し訳ありませんが)自分の部屋に今まで自分がやってきた大小便がトイレから逆流して全て戻ってくるのではないか?という妄想です。

部屋に帰ったら自分の部屋が自分の大小便で一杯になっているのを想像して恐ろしくてビクビクしていました。

「自分はなんと申し訳ないことをしてきたのだろう」と恐ろしくなり
「これ以上このトイレを使うわけにはいかない」と思って、目の前にトイレがあるのにわざわざ近くのコンビニや公衆トイレで用を足しに行ったりしました。

しかしコンビニや公衆トイレで用を足しても、もし僕のせいで「それ」が逆流してきたらそこに迷惑をかけることになります。
「悪いことをすれば必ず自分に返ってくる」とは勿論こういう意味ではありませんが、当時の僕は「では一体どうすればいいのか?」と真剣に頭を抱えていました。
「どこにも逃げ場所はない」と絶望していました。

そして「これからはトイレに住もう」と思ってしばらくユニットバスのトイレで寝たり食べたりしていました。「自分はこれからどこに住もうとトイレの中で生活しなければならないのだ」と思ってメソメソ泣いていました。

あまりトイレで生活してみたことがある人はいないと思いますが、とにかく「狭い」のです。狭くて狭くて息苦しくて、たまに外に出ると生き返るような気分でした。

今から考えると下ネタ好きの低級霊(僕のこと?)に翻弄されていたのかも知れません。

今では奇妙な妄想の話ですが、当時は真剣に見えない「何か」と戦ってクタクタになっていました。

妄想と独り言が止まらない。肉体的な痛みに類似する「幻覚」に悶絶する。

自分の行動がとんでもないものであったとしても、「何とかしなければ」といたたまれない気持ちになりハラハラとして、思い立ったらとにかく行動せずにはいられないのです。

「ハラハラしてやってしまう」という表現が最も合っていると思います。

当時は妄想や独り言が止まらないという状態でした。妄想のしすぎで頭がパンパンになっていました。

一つの出来事にたくさんの解釈が入り交じって感覚され、その出来事が何を意味するのかを考えてはまた頭がパンパンになってどんどん訳が解らなくなるという状態になることもありました。

例えば誰かがすれ違いざまに
「100円と50円なら100円のほうが高いですね。」
と言ったとすると、見えない存在がこちらに言ったものと受け取って
「アベコベの意味で解釈するのが正しい意味なんだ。」
と思うわけです。

つまり本当は「100円よりも50円のほうが高いですね。」が正しい意味なんだ。と思うのです。
「見えない何か」が僕の周りの人を使って「言葉(セリフ)の裏に
こちらに伝えたい暗号の意味を持たせているのだ」と思ってその意味を探ろうとしていました。

しかしいくら考えても解釈が複雑になるだけで結局訳が解らなくなり、頭を抱えて悶絶するのでした。

また時にものすごく胸が苦しくなる「幻覚」もありました。
幻覚といっても凄まじい実感のあるもので「この世にこんな苦しみがあるのか!」と思うほどの胸の苦しみです。
とにかく胸が苦しいのです。

肉体の胸が痛んでいるというより、何か解らないけど「胸の奥にある何か」が万力のような凄まじい力で締め付けられるように苦しいのです。

その時の気分は巨大な暗黒の中で悶え苦しむような最悪の気分です。

床に這いつくばって、文字通り「のたうち回って悶え苦しむ」こともありました。
そのうち苦しみがやってくる時の対処法もあることに気付きました。苦しみのあまり「のたうち回る」と余計に苦しくなるのです。

こういう場合はいたずらに抵抗せず、貝のように身を潜め、じっと苦しみが通りすぎるのを待つとよいと気付きました。
本当に苦しい時は文字通り歯を食いしばってひたすら耐えるしかありません。
こうすることで苦しみは拡散することなく、最小限で止めることが出来るように思いました。

また大きな恐怖心でブルブル震えることもありました。何か解らないけど「とにかく怖い」のです。
巨大な「見えない何か」が凄まじい怒りで僕を監視しているように思えるのでした。何者かによる監視も、どうやら僕の幼少期より凄まじい怒りでずっと僕を監視しているようなのです。心底震えあがりました。

怖くて怖くてたまらず、何とかしなければと焦るのですが、どうする事も出来ず、自分のこれまでの人生を後悔してはメソメソ泣いては「独り言」を言うのでした。

妄想が止まらないのと同時に「独り言」も止まらない状態でした。
一日中ぶっ通しで独り言を言い続けているような状態で、喉がガラガラになるまで独り言を言ってはクタクタになるのでした。
独り言の言い過ぎで「このままでは独り言の言い過ぎで過労死するのではないか?」と思ったものです。

こんな日常を送っている時に、ついに憑依霊が出てくる(僕の身体を乗っ取ってコントロールする)事件が起こったのでした。

 

第3章 憑依霊のコントロールに僕の身体が追従した時の詳細。

 

自分の肉体の中に「別人」がいる。

 

事件が起こった当時の僕は大阪での一人暮らしをやめて実家に戻っていました。

しばらくブラブラしていましたが、父に誘われ実家の建設業の手伝いをしていました。
ちょうどその頃は家に代々縁のあるお寺のお堂を新築する大工工事があり、僕もアルバイトとして参加していました。

その日の作業中、ふと父の姿を見た時、悲しくて申し訳ない気持ちになりました。

「自分のせいで父が不当にいじめられているのだ。」という想念に囚われ、「自分が何とかしないと父が大変な目にあわされるだろう。」「申し訳のないことだ。父に殺されるのならまさに本望だ。」
という思いを抱きました。「介錯してもらえるのならありがたいことだ」と。

そして申し訳ない思いと悲しみの思いで胸が潰れるように苦しくなるのでした。

その日の夕食時のことです。
僕は酒を飲んでなんとかしようと思い立ち、その日のしばらく前に買っておいた焼酎をロックで呑み始めました。

酒を飲めば勇気が沸いてくるだろう、という思いがあったように思います。普段の僕は酒はほとんど飲まないのですが、その時は急にアルコール度数の強い酒をガブガブと飲みだしたのです。

しかし不思議に酔っている、という感覚は無かったように思います。「なかなか酔わない」と思っていたこともあると思いますが、もっと飲まないといけないと思い酒を飲み続けました。

飲んでいくとどんどん悲しみの思いが強くなり、涙が止めどなく溢れました。
涙が止めどなく溢れるのが恥ずかしくて涙を止めようと思うのですが、悲しみで胸が潰れるような思いはむしろどんどん強くなり、涙は次から次へと溢れ出て自分の意志では止めることが出来ませんでした。

その時は夕食時の居間で、母と姉が家にいたはずですが不思議と僕の周りから人がいなくなったように記憶しています。

僕は涙を人に見られるのが恥ずかしいという思いもあって、トイレに行こうと思い立ち席を外しました。
部屋を出た瞬間、悲しみの思いはますます強くなって、ついに声をあげて泣き始めました。

今まで我慢していたものが堰を切ったようでした。
その泣き方は、まさに慟哭でした。

全身の力は抜け、泣き崩れるようにその場にしゃがみこみました。
涙は止めどなく溢れる状態で、今の自分の姿を「見ないでくれ!」「見るな!」という意識が働き、その時着ていたセーターを脱いで長袖の部分で自分の目を目隠しするように縛りました。

目を縛って視界が真っ暗になるとますます憑依が強まりました。
真っ暗な暗黒の中で凄まじい悲しみで慟哭する存在そのもの、になったように思います。

まさにこの時に僕の肉体は完全に憑依霊のコントロール化に入ったように思います。

この時、僕の肉体は激しく慟哭しながらトイレに向かって匍匐前進を始めました。下半身にはほとんど力は入っていませんでした。

床に指を立てるように床を掴みながら手の力で前に進み出しました。

感情!感情!感情!
天地を貫くような凄まじい感情です。

その存在そのものが「感情」だけの存在‥。。。という印象が残っています。

そしてトイレの前まで来るとトイレのドアの手前の床を手で指を立ててガリガリと掘ろうとする動きを始めました。

その動きは僕の意志とは別の存在の意志によるものでした。
憑依霊の意志がほんの一瞬先行してから、僕の肉体が追従しているように感じられました。

その時の僕の意識は自分の身体がどこかに行ってしまったかのような不思議な不思議な感じで、自分の身体という着ぐるみの中に入っているのが間違いなく「別人」であることが解りました。

「これは幽霊だ!」
と直感的に思いました。

「これは女の人だ!」
ということも直感的に解りました。

トイレのドアの前の床を手で掘ろうとする動きの「脈絡のなさ」「意味不明さ」にこの世的な尺度では説明出来ない何かを感じました。

自分の手のはずなのに、自分の意志とは別に床をガリガリと指で引っかくように動き続けるのでした。

その動きは自分の意志では止めることが出来きませんでした。

憑依霊の感情のあまりのリアリティはまさに「生きている人間」そのものでした。

 

憑依霊の感情に身を委ねる。女性的な仕草。父を自分の夫と思って助けを求めてすがろうとする。

 

時間にして5~10分ほどトイレの前の床でガリガリやっていたと思います。

異変に気付いた姉が側に来て、何やら騒いでいたように思います。
目隠しをして周りが見えない僕は、自分の今の醜く取り乱している姿を姉が勝手にビデオカメラで撮っているように思い込みました。

「許せない!」「こちらにかまうな!」
凄まじい怒りの感情が湧いてきました。

しばらく周りを威嚇するように怒っていたかと思うと、今度は一転して「ザマをみろ!」というような嘲笑の感情に囚われました。

何故笑っているのかがよく解りませんが、本当に「可笑しい」感情が伴った笑いです。
可笑しくて可笑しくてたまらないというように腹の底から爆笑するのでした。

そうかと思うと次の瞬間には悲しみがやってきて泣き叫びます。また次には怒りで身を震わせて周りを威嚇します。

泣いて怒って笑うというパターンを繰り返しました。

ただ悲しむにしても怒るにしても笑うにしても、普通は悲しむ理由、怒る理由、笑う理由があるはずですが理由がよく解りませんでした。

ただただ「悲しみの感情」「怒りの感情」「笑いの感情」だけがあるのです。

この光景を外部から見たら精神に異常をきたしているように見えたと思います。
後で霊的なことを学んで解ったことですが、この時は複数の憑依霊が入れ替わり立ち替わり僕の身体に現れていたのかも知れません。

憑依霊は複数いたと思われますが、メインの憑依霊(悲しみの感情の持ち主)は女性のように思われました。

僕の仕草や反応はすっかり「女性的」なものになっていました。

姉と母はその時の僕の状態を急性アルコール中毒でそうなったと思ったようです。
酔いをさますために大量に水を飲みました。水を飲んでいる最中も、泣いて怒って笑う、を繰り返していました。

そのうち僕の急変を聞きつけて父が帰ってきてくれました。
そして僕の手を握り背中をさすってくれました。母や姉が介抱してくれたときは、むしろ「触るな!」と反発し、拒絶するような態度をとっていた僕(憑依霊)でしたが、父が来てくれた時は反応が違いました。

父のことを自分の「夫」が来てくれたかのように感覚していたように思います。
父の手をギュッと強く握り「助けて」と言わんばかりにすがろうとするのでした。

父は僕の名前を呼びながらずっと背中をさすってくれました。僕はしばらく父の手を強く握って泣いていましたが、そうしているうちに癒されたような気持ちになりました。

おそらくそれと同時に憑依霊も癒されたのだろうと思います。
それまで感じていた胸の苦しみがスーっと軽くなったような気がします。
酔いはややましになり、少し「僕の正気」が戻ってきたように思います。

この時、僕は自分の身に起こっていることが霊現象であることに気付いていたので霊に対して何か効果があるかもと思って、その時の少し前に覚えた「般若心経」を唱えました。
後の話ですが姉と母はこの時僕がいきなり般若心経を唱えだしたのでびっくりしたそうです。この時の般若心経が効いたかどうかは解りませんが、覚えてすぐの出来事でした。

姉が救急車を呼んだので救急隊員がやってきました。救急隊員は僕に何やら話しかけていましたが、その隊員がずっと笑顔だったことだけ覚えています。

隊員は患者を安心させるため笑顔で接する訓練をしているのかもしれませんが、その笑顔を「笑われている」と解釈した僕は「お前に笑われる筋合いはない」と思ってまた怒りがこみ上げてきました。

怒りで威嚇して救急隊員を脅してやろうとしましたが、相手のニコニコはどこ吹く風で変わらず、虚しくなってやめました。
ただその時点では「正気」もかなり戻り、症状はましになっていたのだろうと思います。

結局救急車には乗らずに姉の運転する家の車で別の救急外来まで行きました。
車の後部座席の右に母、左に父、真ん中に僕といったように座っていたのですが、病院について車から降りる時のことです。

右側のドアから母が手を伸ばし「さあ、降り」と促し、また左側のドアからも同様に父が手を伸ばし「さあ、降り」と促すいう場面がありました。
左右のドアから父と母がそれぞれ同時に真ん中に座っている僕に手を差し伸べるという状況です。僕は一瞬どちらの手を取るべきか迷いました。

父と母との顔を交互に見ました。何故かは解りませんがスッと僕は父の手を取りました。手を伸ばす母の姿は「知らない人」のように感じられました。

病院では点滴を打ってもらい、しばらく横になっていました。病院のトイレに行った時のことです。
トイレの鏡で自分の姿を見た時、何故か悲しみと「申し訳ない」という思いが湧いて眼をそらしました。

「何かがおかしい??」と思ってもう一度鏡で自分の顔を見ても同じでした。「申し訳のないことだ」という印象が残って自分の顔から眼をそらそうとするのでした。

その後の僕の状態は酔いが醒めていくにつれ落ち着いていきました。
時間とともに感情が高ぶって取り乱すような憑依状態は消えていきました。

その後は自分の身の回りに監視するように存在していた見えない「何か」の存在が「解らない」ことからくる苦しみは、憑依霊が出てくることで半減したように思います。
そもそも物質的な尺度では捉えられないものを物質的に解釈しようとして無理が生じていたのでした。

「解らない」ことから来る苦しみは「霊的なことなのだから、解らなくても仕方がない…」と納得することでひとまずは落ち着いたのでした。

以上が最も印象に残っている霊体験ですが、これに関連してもう一つ印象に残っている憑依の体験があります。
それは憑依によって「殺意」を感じた体験です。

 

第4章 殺意を抱いた体験。蛙の置物を自分の赤ちゃんだと思い込む。

 

赤ちゃん(蛙の置物)を守るために殺意を抱く。

 

身体をコントロールされた事件が起こってまだ間もない時です。
僕は家に縁のあるお寺で父とともに、家業の建築業のアルバイトをしていました。

そのお寺には大小様々な蛙の置物がたくさん置かれているのですが、その蛙の置物を作業の支障にならないよう脇に避ける為、抱えながら運んでいたときの事です。

僕はその蛙の置物を抱えながら電気に打たれたような衝撃とともに「これは自分の赤ん坊だ。こんなところにいたのか。」と思ったのです。

「ああ。そうだったのか。そうだったのか。」
「やっと見つけた。こんなところにいたのか。やっと見つけた。」
と思って涙が溢れました。

何故蛙の置物を自分の赤ん坊と思っているのかは解りません。その寺に蛙の置物があることはずっと知っていたし、普段は気にも留めませんでしたが、その時初めてそんな感じ方をしました。

そして「自分の赤ん坊は大丈夫だろうか…。」
「こうしてお寺で供養されているので安心のはずだが…???」
などと思うのでした。

そのように感じながらも作業は続けていました。お寺のある事務員さん(仮にAさんとします)が僕の側を通りかかりました。

Aさんとは普通に挨拶する程度の間柄です。特に話したこともなく名前も知らない仲でした。
普段はAさんのことを特に気に止めることもなかったのですが、この日Aさんが通りかかった時「蛙の置物に何か悪さをするのではないか?」という思い込みに囚われました。

「悪さ」というのは蛙の置物を蹴ったり壊したり邪険に扱ったりするようなことをイメージしていたと思います。

「絶対に許さない!」
「もしそんなことをしたら、あいつを殺してやる!」
という殺意を抱きました。

僕はAさんの行動を目で追いながら、Aさんが蛙に手をかけるかどうかを注視していました。

僕はその時「しの」という金属製の先の尖った大工道具を持っていました。
もしAさんが何か蛙の置物に変な行動をとるようなら、この「しの」で刺そうと思いました。

威嚇するように殺気を飛ばす。プログラミングされたロボットのような殺意。

 

その時の僕は仮設の足場の上に登っていました。下で寺の作務をしているAさんの様子を観察しながら「しの」を握る手に力を込め、その時がくるかどうかを待ちました。

普通「殺意」といっても実際にはリアルに想像出来ないと思います。
しかしその「殺意」は「これが本当の殺意というのか…。」と思う程の強烈な「殺意」でした。

「もうどうなってもいいんだ!」
「あいつを殺さねばならない!」
「あいつを殺すために自分は生まれてきたのだ!」
「自分の全人生はあいつを殺すためにあった!」
という 殺すことに対する「義務感・責任感」 のように感じられました。

「例え自分が死刑になっても正々堂々と受けよう。世間の皆さまどうぞ見て下さい。むしろそれほどまでにアイツは殺されて当然の奴なんだ!」という感覚です。

このような殺意に囚われたら
「止まるものではない。」
という印象が残っています。

その時僕は仮設の足場の上に登っていましたが、上から威嚇するようにAさんに「殺気」を放ちました。

Aさんが妙な気(?)を起こさないように「殺気」による威嚇で相手の行動を封じようとする意図もあったように思います。

もしAさんが蛙の置物に手をかけるようなことがあればその時は…。

「しの」を握る手に渾身の力を込めて突き刺すように「殺気」を飛ばしました。
この時の僕はおそらくこの「殺気」をAさんも気付いているだろう、と思いました。

僕がそんな状態で威嚇する体勢で構えている時に、父が僕に声をかけました。
僕は少し正気に戻りました。
実は「殺気」を放っているときも意識のどこかでは
「これはおかしい…。。憑依霊か…。。。」
という感覚はありました。

何故自分はほとんど見ず知らずの人を蛙の置物というよく解らない理由で殺そうとしているのか?
この「殺意」はどこからきているのか?

明らかにおかしいことは「意識」のどこかで感じていました。また「父がすぐ目の前にいるのにそこで殺人事件を起こすわけにはいかない」という「意識」もあったように思います。

僕は殺気を飛ばすのを止めて作業に戻りました。作業をしていると「殺意」のタイミングがズレてしまって先程までの殺意が失せていきました。
そして「自分には(殺しは)出来ない。」という思いを抱きました。
と同時に涙が止めどなくあふれ出ました。
「そうだ!自分には出来ないんだ…。」と。

その時は木材を3~4人で運ぶ作業をしていましたが、涙がずっとあふれ出続けている状態で作業をしました。
その場にいた人は僕の涙が止まらないのを見ていたはずですが、不思議とスルーされて作業は普通に行われました。

そして先程までのAさんに対する感情も無くなっていきました。

何故蛙の置物を自分の赤ん坊だと思っていたのか?
何故先程までAさんに殺意を抱いていたのか?
キツネにつままれた様によく解りませんでした。

しかしその「殺意」はありありと実感のあるもので、そうした思いを抱いている地縛霊の実在とその影響力を確信するのに十分な出来事でした。

以上が憑依によって殺意を抱いたと思われる経験のあらましです。
僕は実際には人を傷つけることはありませんでしたが、世の殺人事件や無差別殺傷事件などの事件は低級霊の憑依による影響が大きいように思います。
こうした事件で逮捕された容疑者が
「誰でもよかった。殺せという(神の)声が聞こえた。」
といった供述をしていることがあると思いますが、おそらく憑依霊の声を聞いている(一体化している)のだろうという印象があります。

憑依が悪い方向に深刻化すると何らかの事件、事故が起こるように思います。その「殺意」はおそらく凄まじいものです。あるいはその感情のリミッターが振り切れてしまってある種のトランス状態になっているのではないかと思われます。

もしそうなってしまったらプログラミングされたロボットが動き出したようなもので止まるものではありません。「自分の意識」で自分の身体をコントロール出来るような状態ではないのです。
僕はこうした経験があるので、憑依が原因と思われる(殺傷)事件があったというニュースを聞くと色々と考えてしまします。

事件には被害者もいるので慎重に語らねばなりませんが、僕にはどうしても事件の加害者を責める気持ちにはなれないのです。

 

第5章 不思議な出来事。「脳天さんが修行させに来い。」と言うとる。

 

住職が僕に会いに来て霊夢を語る。

 

憑依霊に身体を乗っ取られた事件や殺意を抱いた事件があった頃、
僕は実家の建築業の手伝いで寺の不動堂の新築工事をしていました。
奈良県の吉野にある龍王院脳天大神という修験道のお寺です。
工事の完成が近づいてきた頃のある日の朝、不思議なことがありました。

寺の住職が突然僕の家にやってきたのです。
実は住職と父は同級生でよく寺の仕事を頂いたりしていました。ただ普段の生活では住職と父は交流したりすることはないので驚きました。

住職は僕に話があるとのことでやって来たと言います。僕は呼ばれて住職と向かい合いました。

「実は夢を見たんや。脳天さん(脳天大神の本尊の通称)の夢や。脳天さんが夢に出てきて○○の息子(僕のこと)を修行させに来いと言うとるんや。あんたがどう生きるかワシが決めたると言うとるんや。あんたやる気あるか?」

住職がこのように言った時、僕はほんの一瞬かすかに笑ったことを覚えています。
おそらく魂は知っていたのでしょう。

修行の内容は「お百度行願という「行」を100日間、仕事の前の朝に来てやってみなさい。寺までは車を使わずに自転車を使いなさい。」というものでした。

僕は深く考えず「はい。やります。」と答えたのでした。

当時の僕は霊的な経験をしていましたが特に信仰心があるわけでもなく、半ばその場限りの回答として適当に答えました。

ただ住職は嬉しそうに「そうか。やるか。よし。男の約束や。」と言ったのでした。

その日の翌日、僕はとりあえず言われた通り朝に自転車で寺に向かいました。寺に着くと住職の後ろ姿が見えました。

住職は山伏の修験装束を着て摂社にロウソクを点けていました。寺は山奥の谷底にあって、途中から民家はなく山の坂道を登っていかなければなりません。

実家から自転車で寺の駐車場まで約45分かかります。そこから歩いて行場までたどり着くのに約25分。「行」をスタートさせるまでに1時間10分ほどかかります。

「お百度行願」は、20mほどの距離の石畳の上を半袖裸足で歩いて合計108回往復します。
1往復するたびごとに1礼拝。108往復するのに約1時間10分かかります。

そして本堂でお参りして帰るのですが、合計2時間半の朝の時間をこの「行」のために取られる計算です。

「これは無理や…。」と思いました。

住職に言われたのでとにかくその日は修行をやってみましたが、朝の仕事前にこれだけの消耗をするのは「非現実的」に思えました。
仮に車で行くことが出来たらもしかしたら続けることも出来たかもしれませんが、「自転車」で山道を登っていくという縛りがポイントになりました。

結局その日1日限りで修行に行くことは止めました。住職が訪問した時の話は聞かなかったことにしようと思いました…。

そしてそれから長い歳月が経ちました。

その後の僕は憑依が特段深刻化するということもなく、「そういう不思議な世界というのはあるんだなあ…。。」という思いはあるものの、それ以上に霊的なことに興味を持つこともなくやがて普通の日常に戻っていきました。

あいかわらず実家暮らしでしたが、時間が経つにつれ症状も軽くなって精神的にも安定し、マンガに対する思いはありましたが就職して設備管理の仕事をするようになりました。
やがてこの時の体験も過去の思い出になっていきました。

そんな普通の日常を送りながらも、この時の憑依体験や住職の訪問のことは心のどこかで覚えていて「あれは一体なんだったんだろう?」と時々思い出すこともありました。

憑依現象を体験してから約9年が過ぎました。僕は独身で40歳になっていました。
街中で小さな子を連れている家族を見ると、ふと寂しくなることがよくありました。

「何で自分には妻や子供がいないんだろう。」
「早く結婚して妻がほしいなあ。子供がほしいなあ。」
「結婚する為には自分は男にならなければならない」
「そうだ。男にならなければ…。」と思いました。

「男になりたい」そんな思いが日に日に強くなりました。9年前の住職との約束が思い出されました。

住職の訪問があった時のあの一言。
「男の約束や。」
9年間放置したあの約束はまだ生きている…。。。

僕は「男の約束を果たそう」と思いました。

 

神仏との約束は違えることが出来ない。

 

「今こそあの約束を果たすべき時。必ず男になるんだ。」
それが修行の第一の動機でした。

その決断をするまでには霊的な紆余曲折がありました。
霊的な経験はありましたし、霊がそこに存在しているというのは知っていましたが、では霊はそこで何をしているのかが解らなかったのです。

「確かに霊は存在している。人が死なないのは間違いがない。では人は何故死なないのか?」

こうした問いに思いを寄せるようになりました。

ネットや書籍でスピリチュアルな事を熱心に学ぶようなりました。学び始めると面白くなってくるもので、霊的なことへの知的な探求心が自然と湧いてきました。

同時に神社やお寺へ参拝することも多くなりました。神社で祈っている時に感電したかのように動けなくなって、ある種のトランス状態になる神秘体験をすることもありました。

夜眠っている時に空中まで突き上げられるような霊的な衝撃を感じたり、またある時は眠っている時に幽霊に性交の相手にされる(レイプされる?)こともありました。
相手の幽霊(同性愛の幽霊)が耳を舐めている時の息使いや、陰部へのモゾモゾとした感触があるのです。

こうした霊的な現象がよく起こる日常を送っていく中で、「このままではいけない」という思いと、「もっと知りたい」という思い。

そして「男になりたい」という思いが相まって、僕は9年前の住職との約束を果たそうと決意したのでした。

修行を開始するにあたり、近くのホームセンターで自転車を購入しました。自転車には名前を付けました。

名付けて「神さま号」。

「神さま号よ、どうか僕が男になる生き証人になってくれ。」という心境でした。
家族には「また分けの分からないことを始めようとしている…。」と怪しまれましたが、人にどう思われようと必ずやり遂げるという決意は硬く揺るがないものがありました。
「もしかすると低級霊の憑依があって思考がコントロールされてこのような人がやらないようなこと(修行)をしようとしていのかも知れない…。。。」

ふとそう思うこともありましたが、
「仮にそうであっても構わない。時間と体力を消耗するかも知れないけど、それくらいどうということはない。とにかくやってみようじゃないか。やったらやったでそれで気が済むのならそれで良い。このまま約束を果たさず一生を終えたらまた生まれ変わってきて同じような人生を歩まねばならないかも知れない。例え無駄骨に終わろうとも構わない。必ずやり遂げよう…。」といった心境でした。

既に修行を始める5年ほど前に住職は東京の別院に転勤していました。

住職の転勤で家業の建築業も寺の仕事が少なくなり、寺には僕を知る人は誰もいませんでした。

この修行をやり遂げても誰一人認めてくれる人はいません。今やこの約束は住職との約束というよりも、純粋に神仏との一対一の約束となっていました。

自分一人の中で始めて、自分一人の中で終わる修行でした。

「神仏との約束は違えることが出来ない。」
修行の期間中僕はこの言葉を何度も呟きました。
今こうして修行を始めるのは、この世に生まれてくる前に
すでに神仏と決めてきた必然のように思われました。

修行の初日は2015年5月3日でした。朝4時に起きてシャワーを浴び身を清め、4:30頃家を自転車で出発しました。
寺の行場まで行く途中にあるお地蔵さんに軽く挨拶しました。
「必ずやり遂げるから見ておいて下さい。」
ふとこの先の108回目の日も同じように挨拶するのかな、と思いました。(住職には100回と言われましたが、仏教での100は108なので「行」は108回やろうと自分で決めました。)

 

集落を通り過ぎ山道に入ると街灯もありません。
薄暗い中、山の小川沿いの道を登っていきました。
途中の駐車場で自転車を降り、摂社に軽く挨拶しながら歩いて本堂へ向かいました。
本堂が見えて来た時、感慨深いものがありました。9年前の住職の後ろ姿が思い出されました。お百度行願の行を始める前、ご本尊(脳天大神)に挨拶しました。

「お待たせしてして申し訳ありませんでした。今から約束を果たさせていただきます。神さま。僕は男になりたいのです。どうぞ僕の修行を見届けてください。」

今まで中途半端に生きていた僕の真心からの祈りでした。

 

 

あとがき

 

僕の「まんが日本昔話」のようなスピリチュアル人生はこの時の「憑依」の経験を契機に大きく展開を始めました。
この後、僕は住職との約束を果たすべく「修行」を行います。実は修行中に自然霊との出会いや、この時の憑依霊と思われる「霊を見る」など様々な霊体験がありました。

また修行が縁となって結婚することになりますが、詳細は次巻に描きたいと思います。

「なぜ憑依が起こるのか?」

「憑依」についてはまた別の機会に詳しく描いてみたいと思っていますが、特に統合失調症や解離性障害といった精神疾患に顕著ですが患者の異常行動は地縛霊の憑依が原因であると僕は考えています。

「憑依現象」について僕が最も信頼している文献はスピリチュアリズムの良書である「迷える霊との対話」(C.A.ウィックランド著)です。その他「シルバーバーチの霊訓」や「霊の書」「霊媒の書」(アラン・カルデック著)といったスピリチュアリズムの良書からも多くを学んでいます。「憑依」に関心がおありの方は是非ご一読されることをお勧めします。

僕の場合、憑依が深刻化していた時はそれが地縛霊の「憑依」によるものという自覚がありませんでした。
そもそも地縛霊(肉体が死んでいるにも関わらずまだ地上をうろついている未成仏霊)なるものが存在しているとは思ってもいなかったし、「憑依」という言葉は一般的な意味では知っていましたがまさか自分の身に起こっているとは想像することもありませんでした。

まさにそうした霊的無知が憑依による苦しみを増やす結果となっていたのだと思います。本来霊的な事柄を物的次元の価値観で解釈しようとして無理が生じていたのでした。

では「なぜ憑依は起こるのか?」を考えますと、最も根本的な原因は(僕の持論になりますが)「人は死なないから」あるいは「死は存在しないから」という点に集約出来ると思います。

人に憑依する地縛霊のほとんどは自分の死を自覚していない霊で、人間は肉体が死んでも意識(霊魂)は生き続けるという霊的事実に対する理解力が欠けているため、既に肉体は失っているにも関わらず霊的に半ば眠っているような中途半端な状態となり、地上の懐かしい場所をうろついたりしている内に地上の霊的感受性の高い人(霊媒体質者)に憑依してしまうというパターンが多いと言います。
「人は死なない」ことを理解することが難しいのは、実際に肉体を失って霊となっても変わらないようです。

しかし「人は死なない」のは厳然たる事実であると断言します。
僕は憑依をはじめ、その後の様々な霊的体験から「人間は肉体は死んでも霊として生き続ける」という霊的事実を当たり前のものとして確信しています。

もっと積極的な言い方をすると「死は存在しない」のです。「死」という言葉そのものが何を意味しているのか解らない…。なぜなら「死」は「無い」からです。つまり「死」があるという前提そのものがオカシイということです。

「死」は存在しないので、「死」についてのネガティブな捉え方、死は全ての終わり・虚無・暗黒・不幸、とする物的次元的なイメージは全て「幻」です。
地縛霊は「死」が存在しないということが理解出来ないのです。地縛霊は自分自身が作り出した「幻(暗黒)」の想念の中に閉じ込められているのです。それは即ち「死」は無いということを知らないかつての僕自身の姿でもありました。

とは言え、人に憑依する地縛霊もその存在そのものがある意味では「死は存在しない」ことを証明してくれている「ありがたい存在」だと考えることも出来ます。

また地縛霊に憑依される霊的感受性の強い人(霊媒体質者)は、ある意味では自身の身をもってそうした霊現象があることをサンプル的に人類に示し、人間の不死を啓発する土台になっていると考えることも出来ます。

なぜ「憑依は起こるのか」というと、そもそも人間は死なない「霊」であることを学ぶために神が用意したそのような霊的法則(摂理)がある為だと思っています。

ぽん竜太