迷える霊との対話01(感想①)

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霊界通信を読む01。「迷える霊との対話 第1章」より。憑依と精神疾患の関係とは?
スピリチュアリズムの数ある良書の中から「憑依」に関する文献を読んでいきます。 最初に一通り引用(太字)し、後に僕の感想を語ります。 第一回は「憑依」現象を考える上で僕がバイブルとしている C・A・ウィックランド著 『迷える...

 

細かく読んでいきます。

第1章

除霊による精神病治療のメカニズム

●霊的要因による障害の危険性
霊的現象の研究は人類にとってきわめて重大な意義を秘めており、既に世間一般の日常生活において欠かすことのできない要素となっているにもかかわらず、各分野において霊的現象をあくまでも精神生理学の基盤の上で分析しようとしていることは明白である。
例えば、精神分析学者は、精神病の多くは何らかの心理的障害ないしはショックー無意識のうちに受けたものが残存している場合と意識的に受けたが既に忘れている場合のいずれかーに起因しているという説を立てている。
 分析心理学の専門家は、心理測定法や知能テストによって精神的欠陥者の隔離と分類を可能にしつつある。また、神経学者や精神科医は、各種の神経症・精神異常及び精神障害の病理的要因を突き止めて、予防法と治療法を確立することに真剣に取り組んでいる。
 こうした研究分野に携わる人は、神経症や精神異常の有力な要因の一つとして”霊魂説”を受け入れることを忌避するが、現実にはこの説こそ、ノイローゼ、神経過敏症及び精神的錯乱に陥りやすい人間に見られる不確定要素を明るみにする上で、重大な貢献をしているのである。

(感想)精神疾患は憑依現象の別名であると僕は考えています。

現在の医学ではこうした「霊魂説」はどのように扱われているのでしょうか。

ウィックランド博士が活躍した20世紀前半期からかなりの年月が経ちますが、あまり一般的になっているわけではないように思います。

精神疾患を治療する立場の医師や心理士は「霊魂説」をどのように考えているのか気になるところです。

中には薄々「霊魂説」の正当性を確信している医師もいるのかも知れませんが、あまり表向きには声を大にして言えないのかも知れません。

まだまだスピリチュアルは市民権を得ていないということでしょうか。

もちろん精神疾患の全てを地縛霊の憑依であると断じるのも正しくないのかも知れませんが、もう少しこの分野の研究が進んでもいいように思います。

また精神疾患は地縛霊の憑依であると主張する霊能者は世のため人のため

むしろ積極的に医療や医学にアプローチしていく必要があるように思います。

(とはいえ何をもって「霊能者」とするのかという問題がありますが…。)

医学の立場の人は霊魂を学び、霊魂説を唱える霊能者は医学を学ぶという双方向の歩み寄りがあってもよいのではないかと思います。

 いわゆる‟心霊研究”には二つの側面がある。すなわち”正常”と”異常”である。”正常”な側面では、牧師と同じように「死後人間はどうなるか」という問題を医師の立場から取り扱う。むろん問題はこれ以外にも色々あるが、特に死後の問題は、病気であまり長生きできないと観念し、死後の状態について恐怖心さえ抱きながら生死の境界をさまよっている患者にとっては、大きな関心事である。そうした事態において、実際の知識に基づいて、いわゆる”死”というものは存在しないこと、それはより次元の高い世界における新しい活動とその機会とを提供してくれる界層への誕生であることを確信させてあげることは、医師としてこれ以上の崇高な役目はないと言ってよいのではなかろうか。
 次に”異常”の側面では、肉体に宿って生活している間だけでなく、肉体を棄てて他界の存在となった後の精神の複雑な機能についても、医師に可能な限りの多くの知識が要請される。異常心理現象における研究は、正常心理現象の研究と同様に”霊(スピリット)”というものが実在することを指摘しているのみならず、そのスピリットこそ各種の神経症や精神病において大きな要因となっていることを、疑問の余地のないところまで証明している。

(感想)霊的な学び(心霊研究)における「正常」とは「正しい霊」(の在り方)とは何かを明らかにすることだと思います。

「正しい霊」の世界とは言わば「高級霊」の世界、「死は存在しない世界」です。

「異常」とは「間違っている霊(の在り方)」つまり「低級霊=死が存在している世界」のことだと思います。

一言で「霊」と言っても高級霊のイメージには「怖さ」は無いように思います。安らかな救いの世界と言いますか。

一方「低級霊」のイメージは何となく「死」のイメージが付きまといます。

怪談話のように不気味で暗く「怖い」イメージがあります。

コインの表と裏のように「霊」にも正しい側面と間違っている側面があるわけです。

「霊」を正しく認識すれば安らぎや救いになるし、間違って認識すれば苦しみや恐ろしいものになってしまう。

スピリチュアリズムでよく言われることですが、僕らは肉体が死んでから「霊」になるわけではなく、肉体がある今現時点で既に「霊」です。

僕らが「霊」として今生を生き、また死後の世界で生きていくうえで何が正しくて何が間違っているのかを深掘りして認識を深めていくのが霊的な学び(心霊研究)になると思います。

どのように生きたら「霊」として正しく、あるいは「霊」として間違ってしまうのか。。。

物的次元の尺度では捉えられない霊的実相の理解を深めることが重要なのだと思います。

(つづく)

 

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