霊的には犯罪者は存在しない。事件・事故には被害者加害者ともに霊的要因がある。

憑依が深刻化すると何らかの事件、事故が起こるように思います。

憑依が進むと確かに心神耗弱状態です。その人はある種のトランス状態だと思います。
特に顕著なのは通り魔的な殺傷事件、無差別殺傷事件、また最近では高齢ドライバーによる暴走なども憑依が関係していると思います。

こうした事件・事故は偶然起こったかのように見えますが、本当は偶然ではなく
「霊的必然性」があって起こっていることであって人為的に防ぐことなど出来なかったのではないかという印象があります。

世の論調では加害者側の責任を追及する意見が大多数を占めますが、
その加害者一人の責任に本当に帰すことが出来るのかは甚だ疑問です。

その事件・事故が起こるに至るまでは被害者加害者共にそれが起こるに然るべき膨大な霊的な積み上げがあるのであって、その積み上げを無視して最後の最後に氷山の一角を完成させた事件・事故の加害者を本当に攻めることが出来るのだろうかと疑問に思います。

恐ろしい殺傷事件が起こった場合、加害者側だけでなくその被害者側の
「殺傷を引き寄せた霊的要因」も連動しているはずだと思います。

地上的視野でみると殺傷事件の被害者は、頭のおかしい加害者によって一方的に理不尽に
「殺害されてしまった運の悪い人、かわいそうな人」になると思います。

しかし霊的視野で見ると偶然というものはありません。

その被害者の殺傷被害にはその人のカルマが原因しており、
カルマを解消するために自身が殺傷されるという被害の経験が必要だったために、
神の厳然たる摂理が働いてその加害者を見えない力で引き寄せて加害行為に至らせた可能性があります。

ある意味では加害者は被害者のカルマの解消のために
何らかの霊的な「仕事」をした、と考えることもできます。

僕は憑依が深刻化していた時に脈略無く「義務感・責任感のような殺意」を抱きましたが、
被害者側のカルマという「霊的因子」がそのような感覚を起こさせて「見えない力」となり
殺傷行為を引き寄せるの要素もあるのではないか、、と想像しています。

その事件に関係した被害者加害者ともに、どうすればその事件・事故を防ぐことが出来たのか?
もし防げたとしたら被害者加害者共にどの段階で霊的にどう手を打てば防ぐことができたのか?
もし事件・事故を防ぐことが出来たとしても霊的に途方もなく高いハードルを乗り越えなければならなかったのではないか?
そんなことが本当に可能だったのか????

僕にはそんなことが可能であるとはとてもではないが思えないのです。

こうしたことを考えていくと最終的には
「霊的には犯罪者は存在しない」という結論に達すると思います。

いずれにしても被害者加害者ともに完全完璧が起こっているのであって
完全完璧とは即ち「神」のことです。

唯一確かなことは「神は間違わない。」ということだと思っています。

 

 

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