魂を覚醒させる為の必須知識。人は何故死なないのか?→神の生命を生きているから。

こんにちは。ぽん竜太です。

今回は魂を覚醒させる為の必須知識。

人は何故死なないのか?→神の生命を生きているから。

というテーマで語りたいと思います。

ほとんどの人はですね。

個別の生命が生きていると思っていると思います。

私が生きていて、父母が生きていて、兄弟姉妹が生きていて、友達が、恋人が、同僚が、、、

犬が、鳥が、魚が、虫が、チューリップが、、、、

というように。

個々の生命がそれぞれ生きていて、それぞれに死んでいくのだと。

人はたった一人で生まれてきて、たった一人で死んでいくのだ。みたいな。

「個々の命はいつか必ず死ぬのだ。」みたいな。

それが当たり前じゃないか。と思われるかもしれません。

でもそういう個人の命、個別の命が生きているという生命観というのは

この物質次元特有のものであって、

霊的には極めて奇妙な生命観と言わざるを得ないのです。

そもそも生命というのは一つしかないわけでして。

クジラの生命だろうが、ウイルスの生命だろうが、人間も動物も植物も、山も川も海も空も、太陽も地球も、

なにもかもがたった一つの生命を生きているわけです。

この世だろうがあの世だろうが同じです。幽霊も同じです。

人は肉体が死んで霊になると言いますが、では何故人は死なないのか?といいますと

答えは簡単。

元々生命とはそういうものだからです。

本当に生きているのは一つの生命。大いなる生命。

つまり「神の生命」が生きているわけです。

「神の生命」を生きているから死なんのです。

死にたくても死にませんよ。

本当の生命の所有者は人間ではなく神です。

あなたの生命は神の生命です。

あなたは神の生命を生きています。

だからあなたは絶対に死ぬことがない。

絶対にです!

「自分の命は自分という個人のものだ。」なんて思ってはいませんか?

「個人の生命」が生きていると思っていたら、

必ず生きるのが辛くなってきます。

なぜかというとそういうふうに出来ているからです。

個人が生きていて個別の生命が生きていると思っていると

生きるのが苦しくなってきます。人生が辛くなります。

そういう構造になっているのです。

錯覚の世界を生きているから苦しくなってくるのです。

「あんたの生きている世界は錯覚でっせ!」と知らしめる為に

苦しみがやってくるのです。

人生の苦しみにぶち当たって人は反省します。

なぜこんなに苦しいんだろうと。

叩きのめされて叩きのめされて、

初めて人は目覚めてきます。

魂が覚醒し始めます。

その時、魂の目覚めの障害になってくるのが

物質次元で培ってきた常識、当たり前だと思ってきたこの世的な思い込みです。

「個人の生命」が生きているという生命観は「この世的な思い込み」です。

これに縛られていると霊的理解力が上手く立ち上がらずに

苦しい思いをしなければならなくなります。

Aさんも、Bさんも、Cさんも、

被害者も加害者も、男も女も、白人も黒人もアジア人も、

過去に生きた先人も未来に生きる未来人も、

霊界の霊も、高級霊も低級霊も、

みーんな同じ一つの生命を生きているわけです。

例外はありません。

「神の生命」しかありません。

そもそも「神の生命」しか存在しないのです。

個人が生きているという自縄自縛の生命観から

大いなる神の生命観にあなたの常識をチェンジして下さい。

神の生命観で森羅万象を見て下さい。

森羅万象から神の生命を見出して下さい。

何もかもが愛おしく、愛に満ち溢れた日常が

あなた(神)の生命と共に輝き始めます。

コメント